| しかし、1966年ジャマイカに猛暑が襲った。
そしてSKAの軽快なリズムについて行けず、テンポをやや落としたロックステディーがジャマイカで主流になってほとんどSKAは消えてしまいます。
1967〜8年ごろさらにロックステディーのテンポを遅くしたミュージックが生まれコレをレゲエと呼ばれ多くの人たちに愛されます。
復活したのは、1970年後半のイギリス。
当時のイギリスはジャマイカからの出稼ぎ労働者の出入りが激しく
得にコヴェントリーと言う工業地帯にはジャマイカの移民が50%も占めていました。
そしてイギリスのブルービートと言うレコード会社からSKAの音源が多くリリースされました。
このころイギリスではSKAの事をブルービートと呼んでいました。
そしてイギリスで密かに語り継がれていたSKAはモッズやスキンズと言った人たちに愛されていました。
その中にSKAとPUNKを融合した音楽が生まれ一気に世に返り咲きします。
その原点にはイギリスのPUNK文化と社会状勢(人種差別)と言う大きな背景もありました。
そのような時代にSKAの軽快なリズムに、PUNKの攻撃的な歌詞のミックスされた音楽が若者の心を燃やします。
このSKAを2tone-SKAといいます。その先駆け立役者がThe SPECIALSです。
そして、80年代後半、スカタライツの再結成やロンドンSKAシーンの復活。
さらにはアメリカ西海岸での大ブーム。ニューヨークのトースターズ。
言ってしまえば、日本も東京スカパラダイスオーケストラ、レピッシュ。
世界中時を同じくしてSKAの火蓋が切って落とされた。
この頃のSKAをNEO-SKAといいます。
The Mighty Mighty BOSSTONESやOPERATION IVY等が
もっと激しく、もっと早くアレンジされたSKAをSKA-CORE・SKA-PUNKと言います
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